師走を迎えたとたん急に寒さが厳しくなりましたね。
こんな寒さにはカシミヤのセーターが恋しくなります。
とはいっても高級品には手を出せないので、私はもっぱら“Uなんとか”のお手頃価格の物を着ているのですが、、、
「カシミール(Kashmir)」と聞くと我々世代のロック好きは「インド・パキスタンの国境地帯」よりも「レッド・ツェッペリン」を思い浮かべてしまうのではないでしょうか。
あのジミー・ペイジの唯一無二のリフは一度聴くと頭から離れません。
正に、クセになる楽曲です。
それ故、当時は、「黒魔術に傾倒して作ったメロディーだ」なんてウワサが実(まこと)しやかに語られたものです。
この曲、題名こそカシミールですが作詞したロバート・プラントはサハラ砂漠を車で移動中にこの曲を書いたそうで、描かれた世界観は実際のカシミールとはかけ離れたものになっています。
「太陽と星空の下、そして宇宙を放浪する、ぼくは旅人。
夢をいっぱいに満たしてくれ。」
広い大地に立ち悠久の平和を歌う詩は、ミサイルや銃弾が飛び交う場所とは別世界。
カシミールに暮らす人々に、砲弾に怯えることなく星々を見上げられる平和な日が訪れることを願ってやみません。

さて、このカシミール、中国語だとどうなるでしょう。
―― 迦湿弥羅国 ――
こう書くのですが、カシミールをそのまま“音訳”して漢字を当てています。
ヤンキーのジャンパーの刺繍みたいでチョットかっこいいですよね。
西遊記の三蔵法師のモデルといわれている玄奘(げんじょう)法師が7世紀にガンダーラ王国やヒマラヤ山脈を布教のため旅をしたのですが、その途上でカシミールを訪れています。
その印象は「四方は山。寒さ厳しく、毛織物を着て白木綿を身に着ける」と書いています。
朝ドラ風に言えば「サムイ〜! ジゴク!」ってとこでしょうか、、、
いずれにしても、ロックの歌詞には程遠い風景だったようです。
玄奘がカシミール国を訪れた時は庶民の間にヒンズー教が広まり始めた頃で、仏教を信仰している王様には歓迎されました。
この時の様子を「大唐西域記」に「カシミールは正邪ともに信仰している」と記しています。

この辺境の地にイスラム教が入ってくるのは14世紀になってから。
時は流れ19世紀半ばにはイギリス帝国の植民地になるのです。
この時、カシミール藩を治めた藩王はヒンズー教徒で、住民の多くはイスラム教徒。
この事がのちのち問題を引き起こすことになるのです。
1947年、イギリスの植民地支配が終わります。
これにより、インド、パキスタン、カシミールは独立を果たします。
ところが、ヒンズー教を信じるカシミールのジャンムー藩王はインド帰属を選んだのです。
しかし、国民の多くはムスリム。パキスタンへの帰属を望みました。
国は二分され、それ以来、今日に至るまでインド、パキスタンがそれぞれ領有を主張する「紛争地帯」となってしまったのです。
厄介なのはインドもパキスタンも“核保有国”であること。
今年4月のインド人観光客ら多数が死亡したテロ事件は記憶に新しいですが、この時は両国間で報復合戦になりました。
核保有国同士の衝突に世界中が肝を冷やしました。
この時はノーベル平和賞が欲しくて仕方ないトランプ大統領が乗り出してきて停戦合意に結びつけました。
動機は何であれ戦闘を止めたことはお手柄でした。
この調子で、ガザやウクライナでも力を発揮して欲しいものですが、、、
まあ、どの紛争地域にも複雑な歴史的背景がありますからねえ。
まっ、とはいえ、一昨日、FIFAの訳わからん会長から訳わからん平和賞をもらって喜んでいたんで、ノーベル賞じゃないけど、それで“ヨシ”としてくださいナ!!

さあて、今晩は久しぶりにレッド・ツェッペリンをBGMにベッドに入ろうかなあ、、、
けど、、、 ハードロックじゃ子守唄にはならないか!?