2023年02月05日

本日は営業しております


本日は、午前11時開店、午後4時までの営業となります。



ラストオーダーは午後3時となり、その時点でお客様がいらっしゃらない場合はLO時刻をもって閉店となります。




新型コロナウイルス感染拡大防止対策のため、引き続き時短営業させていただいております。


みなさまにはご不便をおかけいたしますが、時節柄、ご理解とご協力をお願い申し上げます。


みなさまのご来店を心よりお待ち申し上げております。





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posted by るしあん at 03:33| Comment(0) | 本日の営業案内

2023年02月04日

ワクチンの話し


この3年、新型コロナ禍においては、ワクチンや治療薬の面で先進国の後塵を拝した日本科学界でしたが、要因は科学者ではなく有事の際の対策準備を怠ってきた政治にあるようです。
自由な研究を求めて優秀な頭脳が渡米してしまうのは、なんとも残念な話しです。

さて、今宵はワクチンの話しで書き進めようかと思います。
最後までお付き合い願えれば嬉しいかぎりでございます !(^^)!



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ペスト菌の発見者には2人の名前が刻まれています。
北里柴三郎とアレクサンドル・エルサンです。
とは言っても共同研究によって一緒に発見したという訳ではありません。
北里は熊本生まれで、ドイツ・コッホ研究所出身。
エルサンはスイス生まれのフランス人で、フランス・パスツール研究所出身。
いわば、ライバル関係なのです。

1894年、香港でペストが流行した際に、2人は相次いで現地に入ります。
発見は北里の方が早かったのですが、確認に時間がかかってしまいました。
その間にエルサンが先に確認を終えてしまったのです。
結局、ペスト菌の学名にはエルサンの名前が付くことに、、、
学名「KITASATO」は幻とついえたのです。



2人の競争は、いわばコッホとパスツールという、同時代を生きた「近代細菌学の開祖」と呼ばれた独仏ライバルの“代理戦争”でもあるのです。
「“戦争”なんて大げさな」なんて思うかもしれませんが、ちょうどそんな独仏が対立する時代の話しなのです。
普仏戦争(1870〜71年)でプロイセン(現ドイツ)がフランスを破り、皇帝ナポレオン3世を捕虜としました。
統一ドイツが誕生し、ヨーロッパではドイツの影響力が増していきました。

1876年、コッホは炭疸病の原因菌を特定しました。
そして、その5年後にパスツールはそのワクチンを開発します。
称賛を受けるパスツールは、この時、原因菌を発見したコッホの業績には全く触れませんでした。
このことにコッホは激怒したといいます。
この「開祖」の2人、互いに互いを意識していたというレベルではなく、もはやライバルを超えて憎しみさえ抱いていたようです。
パスツールはこう話しています。
「科学に国境は無いが、科学者には祖国があるのだ。」

コッホは結核菌やコレラ菌を発見する一方、パスツールはワクチンで予防接種法を確立。
1885年、パスツールは狂犬病の犬に咬まれたジョセフ・マイスター少年をワクチンで救ったことで、その名は一気に高まるのです。



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こうしてみると、コッホとパスツール、北里とエルサン、彼らの競争も両国勢力争いの延長線上で捉えることもできるようです。

この3年、新型コロナ感染症に対するワクチン開発に関して、各国の研究機関が競ってきました。
競争のおかげで、新型コロナワクチンの早期開発に結びつくことができました。
ただ、この国際競争の中に日本がいなかったことは残念でなりません。

国際競争によるワクチンの早期開発は素晴らしいことだと思いますが、反面、医療物資の輸出規制などがあったことも事実で、治療薬やワクチンでの「国家間対立」は回避しなければならない問題です。




最後に、狂犬病から命を救われたジョセフ・マイスター少年の話しを紹介します。

19世紀の独仏対立はその後、第一次、第二次大戦へとつながります。
パリに侵攻したナチス・ドイツは1940年6月、パスツール研究所を接収します。
職員は懸命に研究所を守ろうとしたそうです。
しかし、その時、まさにナチス・ドイツが研究所を奪った時に、一人の初老の守衛が自ら命を絶ったのです。
その守衛こそが、ワクチンで救われたあのジョセフ・マイスターだったのです。
実は、パスツール研究所には、パスツールの功績を称え彼のお墓があったのです。
マイスターは、第一次大戦の後の1918年以来、命の恩人であるパスツールの墓を守衛として守り続けていたのです。

ジョセフ・マイスターの死は、まさに“ワクチンが救った命を、国家の対立が奪った”、そんな悲劇だったのです。



新型コロナ禍は3年を経て、ようやく収束の光が見えてきました。
この3年間は、いわば“国際協調が試された3年間”でもありました。
しかし、残念ながら世界を見渡せば、、、
ロシアのウクライナ侵攻、ミサイルによる無差別攻撃。
それに伴う支援国家間のパワーゲーム。
エネルギーのグローバルネットワークの崩壊。
中国の力による海洋進出、北朝鮮の核武装化。
日本の防衛のための敵基地攻撃可能化、膨張する防衛費。

国際協調どころの話しではなく、この3年間で、大国のエゴ丸出しの緊張状態になってしまいました。




ジョセフ・マイスターは草場の影できっと嘆いていることでしょう、、、

あれから、80年、人間は何も学んでいない……、と。






posted by るしあん at 19:14| Comment(0) | 日記

2023年02月02日

うまいもの


先日、朝の情報番組で奈良県が取り上げられて、評判のご当地グルメが紹介されていました。
「えっ、奈良で!?」
奈良県民の皆様には大変申し訳ないのですが、私、ずっと奈良には美味しいものはないものと思っていました。
かの文豪、志賀直哉も随筆に「奈良にうまいものなし」と書いていたはず。
ところが、奈良県にはあの有名なミシュランの格付けガイドブックの『ミシュランガイド奈良特別版』が販売されているそうです。


奈良の皆様、勉強不足でごめんなさい。
実は、志賀直哉は随筆「奈良」の中で、「(奈良は)食ひものはうまい物のない所だ。(中略)わらび粉や豆腐、がんもどきは評判がよい。」と書いています。
それが、いつのころか、冒頭の「奈良にうまいものなし」が一人歩きしたということなのです。
奈良県民にとっては、まるで80年に亘る「呪」のようなものなのでしょうね。


日本ミシュランタイヤによると、都道府県単独の発行は奈良県が5件目。
舌の肥えた匿名調査員たちをうならせる星付きの飲食店は22軒あるそうですよ。
グルメを誇れる県のひとつだそうです。
ここ群馬より余程グルメ県であることを知り恥入るばかりです。



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考えてみれば、志賀直哉が生きた時代、「小説の神様」の言葉は今で言えばトップ・インフルエンサーが発信する情報のようなもの。
志賀直哉も奈良高畑に10年も住んだことがあるなら、「食ひものはうまい物のない所」なんて誤解を招くようなことを書かずにわらび粉、豆腐、がんもどきなどを冒頭から誉めてくれればよかったのに、、、



いつか奈良県に旅行する機会があれば、定番の寺社仏閣や鹿公園のほかに、「高畑サロン」を見学したいと思います。
そして、先日のテレビで紹介されていた「大和雑煮」「柿の葉寿司」「かしわ(鶏)料理」を是非、食べてみたいと思います。




ところで、志賀直哉は生涯で23回も転居したそうです。
私の友人の両親は大分県に出張した時食べた魚の味が忘れられず、定年と同時に大分に引っ越しちゃったそうで、釣りと刺身で余生を楽しんでいるのだとか。
土地に縛られないそんな生き方もいいものなのでしょうね。

「うまいものがあるか」ということは案外、移住先選びの重要なポイントなのかも……






posted by るしあん at 15:04| Comment(0) | 日記