2016年03月19日

落書き

以前、和太鼓の中東公演でシリアを訪ねたことがあるので、このブログでもたびたびシリアの話題について書いています。
私たちがダマスカスでコンサートを開いたのは ’98年。
パパアサドの独裁国家ではあったものの市民生活は平穏でした。
露地裏のカフェでは水煙草をくゆらせながら楽しそうにおしゃべりをしている親父たち。
その傍らでサッカーに興じている子どもたち。
街の風景は、世界のどこにでもある“当たり前の風景”でした。
公演会場のアゼム宮殿は笑顔と歓声に溢れ、演奏する私たちも気持ち良くバチを振ることができました。
スークに漂う香辛料やオリーブの香り、熱気にあふれた雑踏、モスクから流れてくるコーラン……、そんな異国の文化に魅了され、シリアは大好きな国のひとつでした。

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かつては戦争の終わらないベイルートを例え“神に見捨てられた都市”とか“サタンさえ目を背ける街”と言われましたが、今やレバノンよりシリアの方が地獄の様相を呈しています。
「アラブの春」の波がシリアに押し寄せた当時は、反政府勢力の後ろに米国が、政府側にはロシアという“お決まりの構図”でしたが、内戦の混乱に乗じてイラクからISが侵入。
地域の宗派対立や覇権争いまでが複雑に絡み合い、混沌とした戦争はもはや出口がないかのようです。
この5年の内戦で、死者は27万人、国外へ逃れた難民400万人、国内の避難民は750万人に及んでいます。

ところで、この今世紀最大の悲劇はどのようにして始まったか、みなさんはご存知ですか?

日本は東日本大震災の直後で混乱を極めていて、世界のニュースなどには世間の耳目は集まらない時でした。
シリア南部の町ダルアーである事件が起きました。
それは、少年たちの街の落書きでした。
彼等は、アサド独裁への不満、つまり政権批判をそこに書いたのです。
そして、「アラブの春」に神経を尖らせていた政権は、あろうことか少年たちに拷問を加えたのです。
これに怒った市民がデモ。
そしてその市民に向けて政府が発砲。
これにより人々の怒りが頂点に達し、全土で反政府デモが沸き起こったのです。

そう、ただの“落書き”に端を発した戦争なんです。

国や時代を超えて、市民の不満は“落書き”という手段を用いて声となるのです。
はるか昔、我が国でも建武の新政を風刺したのは『二条河原の落書き』でした。
たかが落書きと侮ることなかれ。
政治家のみなさん、そこには市民の声が書かれているんですよ。


そういえば、「保育園落ちた。日本死ね。」と綴ったおかあさんの悲痛な叫びを『便所の落書き』と揶揄した杉並区議がいたとか。
政治家のくせに国民の切実な声をバカにするとは、、、、
ブログが炎上するのは当たり前!!
落書きをナメちゃいかんよ。

でも、どうか、杉並区のみなさん。
区内の公衆便所にこの区議の批判を落書きしないでください。
市民の声を聞こうとしない政治家なんて落書きにするほどの価値もありませんから!!!




posted by るしあん at 23:32| Comment(0) | 日記