2016年08月16日

ともに生きる道は小さな気づきから


先月のブログで、アメリカの授業を2つ、紹介しました。
ひとつは、給食においてクジ引きで“食べられない”ことを体験して、世界の貧困問題を自ら考える授業。
もうひとつは、小麦粉入りの袋を抱いて授業を受けることによって育児の大変さを体験するプログラムでした。
日本ではこのような授業は難しいだろうと感想を綴りました。

そうしたら、先日の毎日新聞「水説」で、日本でもそうした体験授業をしている人がいることが取り上げられていました。
福岡市の下山いわ子さんの講座です。
下山さんの次男はダウン症。重い知的障害のある息子と歩んできた道がその講座の支えになっているそうです。

その講座では、まず、こんなことをします。
軍手を2枚重ねた手で“折り鶴”を作ってもらうそうです。
思うように手が動かせない状態のところ、脇で「遅い、遅い」とせかすのです。
次に、「ゆっくりやればいいのよ。」と声をかける。
急かされる場合と、ゆっくり見守ってもらう場合と、どんな気持ちになるのかを体験させるのです。
「どっちがうまく折れた?」



下山さんは言います。
「自分と違う人もいるんだよ。そういう人がいるのも当たり前なんだよ、と受け止めてもらいたい。」

shimoyamaiwakoFB.jpg
写真はフェイスブックより転載


例えば、スーパーのレジ。
障害のある人がお金を出そうとしています。
当人は一生懸命。
しかし、後ろの人は「モタモタして困った奴だ」と思っているかもしれません。
そして、そう思っている後ろの人はもしかしたらあなた自身かもしれません。


「この人、困るなあ」と感じた時、「今ここで一番困っているのはこの人かもしれない」と考えてみてはいかがでしょう?


ともに生きる道は小さな気づきから


posted by るしあん at 10:30| Comment(0) | 日記