2019年11月09日

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「ベルリンの壁」が崩壊したのは30年前の今日、11月9日。
あまりに突然にそれは起きたので、ニュースで一報を聞いた時はにわかには信じられませんでした。
けれども、テレビに映し出される映像は、今まさに歴史の1ページとして刻まれる瞬間であり、それを目の当たりにしているのだとゾクゾクしました。
ここからソビエトの連邦崩壊まで一気に突き進み、「東西冷戦」が終わりを告げるとは、一体誰が想像できたでしょう!?


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「ベルリンの壁」が出来たのは1961年。私の生まれた年です。
同級生のSさんは8月生まれで、「ベルリンの壁と誕生日が一緒なんだ」とよく話していたなあ。
その2年後、かのケネディー大統領は西ベルリンに乗り込み、「Ich bin ein Berliner(私はベルリン市民です)」と独語で演説し、人々を分断する壁を非難し、西側ヨーロッパと米国は一枚岩だと、東側に圧力をかけたほどでした。

(※余談ですが、この「Ich bin ein Berlinerイッヒ・ビン・アイン・ベルリーナー」には通訳者によって“私はジャムドーナッツ”と誤訳されたという都市伝説があります。気になる方はウィキペディアで調べてみてください。)

演説から四半世紀余、ケネディー大統領さえ予想だにしなかったことが起きた、ということです。


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ベルリンの壁崩壊の翌年、私はアメリカの銀行へ研修に行きました。
その頃、アメリカは早くもイデオロギー対立や冷戦から開放された安堵感に包まれ、経済活動は元気いっぱいという雰囲気だったことを覚えています。


あれから30年、「国境に壁を造る」と公約に掲げた大統領が誕生しました。
ケネディー大統領も草葉の陰で、トランプさんの妄言にはさぞかし驚いていることでしょう。


世界ではイデオロギー対立の壁が取り払われグローバル化が進みました。
しかし、今、世界は民族や国家の自己主張によっていくつにも分断されてしまいました。
アメリカのみならずEUでも、移民などへの反発が起き、自国中心主義が噴出しています。
ドイツにおいては、「また壁を作ろう」というデモまで起きる始末。

ヨーロッパでは、難民流入防止用フェンスがベルリンの壁の6倍(!)の長さになりました。

ベルリンの壁崩壊当時、世界には国境などの壁が16箇所ありました。
ところが、今現在、60箇所以上になってしまいました。

日本においても、上空を北のミサイルが飛び、南に目を向ければ厄介者の大統領が国民に反日を煽り続け、私達日本人は半島に対しネガティブになってしまいました。
香港や台湾に圧力をかける一党独裁国家は、日本の島に対し領海侵犯を度々行い、近隣の地域や国に嫌悪感と底知れない恐怖を与えています。
周りを海に囲まれた日本では、さすがに「壁を作ろう」なんて輩はいませんが、もし地続きだったらどうなんだろう?




この30年を振り返ってみると、、、

私達が生きている今は、ベルリンの壁が崩壊する前より、平和になっているのであろうか。



世界を複雑に分断しているのは「国境の壁」じゃなくて、私たち一人ひとりの「心の壁」なのではないだろうか。



posted by るしあん at 19:54| Comment(0) | 日記