2020年08月29日

親愛なる石垣のりこさま♡


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“親愛なる石垣のりこさま”と言っても実は、私、あなたのことは全く存じ上げませんでした。
このたび、貴方の心温まるツイートを見させていただき、腸(はらわた)が煮えくりかえる程の“熱き想い”を抱きました。
一目ぼれでしょうか? いやいや、貴方の顔も存じ上げないのに!?
でも、貴方の素敵な文章は私を一発で虜(とりこ)にしてくれました。
不思議ですね。会ったこともないのに、私は貴方の名前を忘れることはないでしょう。

私の弟は安倍総理と同じ潰瘍性大腸炎を患って苦しみました。
そして36歳という若さで亡くなりました。
貴方がアナウンサーとして活躍していた年頃でしょうか。

貴方のお言葉を借りるなら、私の弟も「大事な時に体を壊す癖がある危機管理能力のない人物」だったわけです。
高校の教壇に立ち生徒たちに一生懸命、英語を教えていました。
また、女子バレー部の顧問として休日返上で共に汗を流したり、遠征試合に出かけていました。
難病と闘いながら生徒たちと懸命に向き合っていました。

あっ、ところで、石垣のりこさま!
貴方は当然、難病の意味は御存知ですよね。
原因も完治の方法も分からないから“難病”と言われているんです。

私の弟に危機管理能力というものがあれば、自分で難病をコントロールして、生徒たちの前では体を壊すことがなかったのでしょうね。
うちの弟も安倍総理も自分で病気の発症も完治もコントロールできない“ダメな奴”でホントごめんなさい。



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貴方のようにFMラジオのアナウンサーから政治家に転身し華やかな景色ばかり見てきたその目では、他人(ひと)の苦しみや痛みは見ることができないのでしょうね。
あっ、決して悪口を言っているのではありませんよ。
だって、私は、思いやりの欠片も無い貴方が大好きです。
日本中の難病に苦しむ人やその家族を平気で傷つけることができるその発信力は「さすが元アナウンサー!」とほれぼれしてしまいます。
でも、“発信力”と反比例する貴方の“想像力”の欠如には、ただただ呆れるばかり、、、

大好きな貴方にこの言葉をお送りします。
「駟馬も追うに能わず」
ごめんなさい、元アナの貴方には釈迦に説法でした。

『駟もツイッターに及ばず』
こちらの方が貴方にぴったりですね。
よろしかったら覚えておいてくださいな。



そうそう、私、笑っちゃったんですよ。
貴方の所属する「立憲なんとか」という野党。
綱領に、「……多様性を認めつつ互いに支え合い……」とか唱っているんですね。

難病と闘いながら仕事をしている人がいます。
大きな病気をしながらもオリンピックを目指し、懸命にリハビリを続けレースに復帰したアスリートがいます。
私の愛する盲学校の生徒は目が見えなくたって一生懸命太鼓の練習をしています。
LGBTということで偏見の目にさらされようとも懸命に生きている人がいます。
これを“多様性”って言うんじゃないの?

綱領じゃ綺麗ごとを並べたって、貴方の冷酷さや浅はかさを見ればおおよそ「立憲なんちゃら」の本質が見えた気がします。
それに気付かせてくれた貴方が大好きです。

実は野党の再編にも少〜〜し期待するところがあったのですが、それも今、消え失せました。
所詮、野党は集まったって野党なんでしょうね。
危機管理能力のない安倍総理がこんなにも長く続けてこられたのは、安倍総理をも上回る野党の危機管理能力の無さのおかげだったのかもしれませんね。



最後に、のりこさま。
もし機会があれば、難病と闘っている方やその家族にお会いしてみたらいかがですか。
「大事な時に体を壊す癖がある危機管理能力のない人たち」かどうか、その目でお確かめください。




追伸:
ごめんね。
私は群馬県人なもので選挙になっても愛する貴方に投票することができません。
でも心配しないで。
心優しい宮城県の友人に頼んでおくから。
あっ、でも貴方は「良識の府」の人だから解散になっても関係ないのか、、、よかったネ!


それから、おわびする時は心からおわびした方がいいと思うよ。
“福山幹事長からご指摘いただいたからお詫びします”じゃ傷ついた人の心に届かないぞお!

それに、ツイートで言い訳を並べたら余計に白々しく感じちゃうよ。
謝るときは、きちんと人前に立って、自分の言葉で謝らないと。
あなたの上司のフクヤマなる御仁はそんなことも教えてくれないの?




石垣のりこさまへ

潰瘍性大腸炎で弟を亡くした兄より、愛をこめて……




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貴方しかいないと思います!
難病患者をバカにする人は!!



posted by るしあん at 15:32| Comment(0) | 日記

2020年08月28日

突然に、、、


安倍総理の突然の辞意表明。
ホント、びっくりしました。
持病の潰瘍性大腸炎が再発されたとのこと。
心から快復をお祈りしています。

以前、ブログにも書きましたが、私は弟をこの病気で亡くしています。
30歳を過ぎてから突然発症し、苦しみながら36歳でその短い人生を閉じました。
当時は今ほど症状を改善させる治療法がなく、難治性潰瘍性大腸炎と呼ばれていました。
血便と腹痛に苦しみ、ステロイドで一時的に良くなるのですが、またすぐにぶり返して、、、
手探りでの治療の中、東京大学医学部の治験に参加して、白血球除去法や新薬なども試したのですが、効果は得られませんでした。
弟は結局、大腸全摘出手術の際、それまでのステロイドの大量摂取が原因で、出血が止まらなくなってしまい失血性ショックを起こして、植物状態が半年程続いた後、帰らぬ人となりました。
私たち家族の悲しみは筆舌に尽くし難いものでした。

月日は経ち、潰瘍性大腸炎の治療として「白血球除去法が確立された」、「新薬が出来上がった」等のニュースを目にするたびに「ああ、弟の死も決して無駄ではなかった。同じ病気で苦しむ人のお役に立てたんだなあ」と思えて少し心が軽くなったものです。
また近年、“便移植”という他人の便を用いて腸内フローラを整える治療法も確立されています。
現在は、いくつかの治療メニューの中から患者に最も適した方法を用いて治療に当たっているそうです。


この病気に罹患しても総理大臣という激務をこなしているという事実は、同じ病気や他の難病と闘っている人々の大きな励ましになっていたと思います。

「つくづく政治の世界は冷徹だなあ」と思うのは、アベさんの健康を気使う言葉などなく、もっぱら「すわっ、後継は誰に?」という話題ばかりに……
今、永田町ではコロナさえもどこかにすっ飛んでしまったかのような騒ぎ。
それだけに台湾の蔡総統のねぎらいと病気見舞いのコメントは優しさが際立っていたと思います。




ブログのネタ、とりわけ政治ネタには、事欠かない総理だったので残念でなりません。
これまで、何回、アベさんをネタにさせてもらったろう?
落語「居酒屋シンゾー」を考えながら、新聞を読むのも楽しかったのになあ、、、



月曜日からはどこのワイドショーも「後継選び」や「アベ総理の通信簿」でにぎわうんだろうなあ。
オリンピックや改憲はできなかったけど、「モリ・カケ」「桜」はとうとう逃げ切り勝ち。
コロナ禍は現在進行形。アベノマスクは日本をクスッと笑わせて(呆れさせて)くれました。
アベノミクスはアメリカの横やりがなければどんな成果を上げられたのか。
戦える総理に期待したけど拉致被害者を取り返すことはできなかったし、北方領土問題はさらに混とんとしてしまった。
日中関係は戦狼外交にやられっぱなしで、到底、国賓とは言えないプウさんの扱いも棚上げ。
日韓関係は、、、ムンはどうでもいいや。


総理の通信簿は人それぞれいろんな点数を付けるのでしょうね。
あなたはどんな評価を付けますか?



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いずれにしても、この病気はストレスを軽減させることが大事。
どうぞ、ゆっくり休んで、お身体を大切にしてください。
心よりお見舞い申し上げます。




posted by るしあん at 22:48| Comment(0) | 日記

2020年08月23日

1枚の写真


私がその写真に出会ったのは10数年前、初めて長崎の原爆資料館を訪れた時でした。
惨状を切り取った写真はどれも目を覆いたくなるほど痛々しいものでした。
そんな中、1枚の写真に強く心惹かれて暫くその場を動けなくなりました。
どの写真も悲鳴が聞こえてきそうな悲惨なものばかりの中で、その写真だけは深い深い悲しみと絶望、そして虚無感が伝わってきました。


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真っ黒に焼けただれ叫喚の姿のまま炭化してしまった母親の傍らに立ちつくす少女。
プレゼントしたべっこうの櫛が溶けて頭蓋骨に貼り付いていたことで母親だと分かったのだそう。
写真の説明を読みながら自分では気づかぬうちに涙が流れていました。

自宅の焼け跡に愛する家族をこんな形で見つけた少女の悲しみはいかばかりだったのだろう、、、
絶望の景色の向こうに何を見ているのだろう。
この子もお母さんも何ひとつ罪を犯したわけではないだろうに、、、
無慈悲で不条理な世界に何を感じているのだろう。




いつの終戦記念日だったか、テレビの特番を観ていた時のこと。
女優の綾瀬はるかさんが、偶然にも同じ写真に心奪われ、「少女があの日何を見ていたのか、どんな人生を歩んだのか」を聞くために、写真の少女を探すというではありませんか。
思わずテレビに釘付けになってしまいました。

少女は智江子さんという方で、あの日、父親と一緒に家族を探しに来ていたそうです。
そうして母親の亡骸を見つけました。
絶望の中、偶然、向かいの家の幼い娘さんが防空壕の中に爆風で吹き飛ばされたことで被爆を免れて奇跡的に生きているのを発見したそうです。

あの写真のシーンは、その幼子を懸命に助ける父親を見守っている姿だったのです。

番組ではさらに助け出された少女と写真の少女が再会できたのです。
お二人とも戦後は被爆者ということで差別を受けたりして大変なご苦労をされたそうです。
しかし幸せな家庭を築かれ、今は家族に囲まれ静かに余生を送っていらっしゃるとのこと。

あの写真のその後が幸せなものになったことを知り、私も心から嬉しくなりました。
お二人の話しを聞く綾瀬さんが実に真摯でやさしいまなざしだったのが印象的でした。



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そして、今日、全国紙の片隅に小さな訃報記事を見つけました。
あの智江子さんが、天寿を全うされ、90歳でお亡くなりになられたとのこと。
きっと天国でお母さんと再会して、幸せな人生を送ってこられたことを報告しているのでしょうね。




私が子どもの頃、戦争の話しをしてくれた“大おじ”や“満州おじ”は、とうに鬼籍に入ってしまい、私の周りでは戦争を語ってくれる人はもう居ません。
戦後75年、戦争を経験した方から直接お話しを伺う機会はどんどん減ってしまっています。
戦争体験を教えていただく貴重な時間はもう残り少ない、、、




孫たちが生きていく未来が戦争のない平和な時代であることを心から祈っています。




智江子さんの御霊に

― 合掌 ―



posted by るしあん at 19:40| Comment(0) | 日記