2022年10月26日

落語家の旅立ち


私は俳句の夏井先生の辛口添削が好きで、毎週欠かさず「プレバト」を見ています。
先日お亡くなりになった三遊亭円楽(六代目)さんも名人の一人でしたが、番組内で故歌丸師匠を読んだ一句が、、、
< 老いてなほ 色変えぬ松 芸の道 >
紅葉が盛りの山にあって緑を頑固に一途に守り通す松を芸一筋の師匠に例えた句で、俳句の素人の私でも「いい句だなあ」と思いました。
夏井先生の直しはこう、、、
< 色変えぬ松 高座に遺(のこ)す 扇子(かぜ)一本 >
あまりに素晴らしい先生の添削に、思わず円楽さんは「素晴らしい! 私の辞世の句にする!」と叫んでいました。
それから、数か月後、本当に円楽さんは旅立たれてしまいました。
私もこの句が大好き。
落語好きということもあり、この句をカンターに貼り早過ぎる死を悼んでいます。



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四代目橘家円喬は病床で「冬の月は凄(すご)いね」とつぶやき、
< 筆持って 月と話すや 冬の宵>
と辞世の句を詠みました。
凛(りん)と澄んだ夜空に、青白く輝く月が人の世を見下ろす、、、
明治の名人は、まるで月を相手に一席演じる心境を迎えたかのよう、、、

円喬は、一晩に寄席を4つ掛け持ちするほど人気を博した落語家だったそうです。
円喬が終わると目当ての客が帰ってしまい、ハネる(終演)状態になってしまいました。
そこで着いたあだ名は、
『円喬の四軒バネ』
なんともすごいエピソードです。

さらにすごいエピソードも残されています。
円喬が得意とする「鰍沢(かじかざわ)」。
それを楽屋で聞いていた若き日の五代目古今亭志ん生は、ザーッと川が流れる情景にさしかかると、「外で雨が降ってきたか」と勘違いしたそうです。
「『人の芸が自然現象に匹敵する』そんな瞬間を師匠円喬に見た」と志ん生は語っているのです。

はかないのは人の命。
慕った師匠の死を旅先で知った志ん生は「胸の中に火のついた丸太ン棒突っ込まれて、えぐられたような気持」で泣いたそうです。



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群馬を愛してくれた円楽さんは、本県前橋市元総社町の「曹洞宗釈迦尊寺」に眠ることになっています。
半世紀ほど前に釈迦尊寺に五代目のカバン持ちで訪れたのが縁だそうです。
そして、20余年前、円楽さんは同寺山崎住職の得度を受け僧侶になっているんです。
僧名は「会圓生」。
五代目の師匠である「圓生」の名跡を僧名にするなんてなかなか粋ですよね。


四十九日は11月17日。この日に円楽さんは前橋市民になります。
前橋の観光大使を務める円楽さんは、茶目っけたっぷりに、
「死んだら、前橋市民になるよ。」
と、山崎住職と約束していたのだとか、、、



冬を迎え、月が明るい宵には、お墓参りに行こうかなあ。






< 冬の月 寂寞(せきばく)として 高きかな > 日野草城

冬の月、、、
人々の喜びや悲しみを超越したその光は、清らかにまっすぐと心に届きます。

静謐(せいひつ)を愛した晩年の草城は、円喬のように月と話したのだろうか。




悩み多き貴方、一日の雑念を月に洗い流してもらってはいかがでしょう。





円楽さんのご冥福を衷心よりお祈り申し上げます ――合掌――









posted by るしあん at 21:37| Comment(0) | 日記

2022年10月25日

他人(ひと)の目


以前にもこのブログで書きましたが、お国がらを表わすジョークはいろいろあって、思わず笑ってしまうものや妙に納得してしまうものなど実に多種多様です。
今日はそんな中で考えさせられてしまうものを1つ紹介します。
結構、有名なネタなのでご存知の方もいらっしゃるかなあ!?

「ロバ」に関する本を執筆することになりました。
それぞれの国の人が書いた本のタイトルは?
アメリカ人:『私はロバを売って成功した』
フランス人:『私とロバの愛の日々』
イタリア人:『ロバのおしゃれな乗り方』
ドイツ人 :『ロバを飼うための10のルール』
中国人  :『ロバの特別料理100選』
そして、日本人はというと、、、
『ロバは私のことをどう思っているんだろう?』

外国の人からすれば、とかく日本人は他人の目を気にしてばかりいる様に見えているようです。
たしかに、自分を省みると、周囲を気にしていることが多いよなあ。
サラリーマン時代は、特にそうでした。
金融機関なんて、出る杭は打たれるどころか、出る杭は引っこ抜かれて捨てられる世界だったから、ひたすら目立たぬよう没個性に徹していました。



幸福感についても日本人は周囲を気にするようで、、、
幸せなんて「自分が幸せだと思えるかが大切」なのに、他人と比べて「○○さんちは裕福でいいわ〜」とか「△△さんちは今度旅行ですって」などとうらやましがって、自分の幸せに気付けない人も少なくないようです。

周りを気にしてばかりいるから、逆に他人が自分をどう見ているかが気になって仕方ないのです。



あなたはいかがですか?
他人の評価を気にしすぎていませんか?



かの坂本竜馬は言っています。
『世の人は我を何とも言わば言え。
我が為すことは我のみぞ知る。』

世間の奴らには言わせておけばいい。
俺がやろうとしていることは、俺自身が知っていればいいんだ。

竜馬は、“自分がやっていることの価値を自分自身が認める”ことが重要なのだと説いているのです。



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幸せは他人との相対評価で決まるものではありません。
「幸せ」とは自分自身が、それに気づけるかが大切なのです。


そして、自分を認めることは他人を認めることでもあります。
マイノリティーなどの少数弱者に差別と偏見の目を向ける人は、実は自分が他人からどう見られているかを常に恐れている人なのかもしれませんね。



他人の目を気にする生き方は窮屈です。
しかし、自分らしく生きることは同時に自己責任を負うことでもあります。
それでも、、、 他人の目から自由になることは素敵なことだと思います。



あなたがもし生きづらさを感じているのなら、他人の目を気にしないように心がけてみてはいかがでしょう。
そして、自分自身を肯定してみる。
エゴサーチなんてクソくらえ!!
決して、“自己否定”してはいけません!!!






posted by るしあん at 18:41| Comment(0) | 日記

2022年10月24日

カイロ


私は、こう見えても寒がり。
口の悪いミラには、「ジイジ、デブのくせに寒いの!?」なんて言われています (*^^)
夏は真夏日程度なら全く苦にならないのですが、冬となるとめっぽう弱いんです。
寒風の中、トラクターに乗っている時など、隣の畑の人が乗るキャビン付きがうらやましくて、、、
これが、防寒着も暖房器具もろくにない一世代前だったらと想像するだけで身ぶるいします。
今やスイッチを入れれば部屋全体が暖まるエアコンがあって、犬たちも過酷な外の犬小屋から快適な室内へ移り、幸せな時代を生きています。

先日のこと、娘と防寒対策の話しになって、「ベンジンカイロ」を知らないことが判明して驚きました。
私が幼少の頃はおばあちゃんが作ってくれた綿入り袢纏(はんてん)を着てベンジンカイロを背中に入れるのが当たり前。
携行ウイスキー缶みたいな真鍮の入れ物で、中の綿にベンジンを沁み込ませ火種を入れて、巾着で包みそれを体に当てました。
数時間しか温かくなく、準備も面倒で、、、
「使い捨てカイロ」が新発売された時は画期的な発明に驚いたものです。



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その使い捨てカイロですが、今度はサラ・ミラが「え〜っ、使い捨てカイロって揉(も)んで使ってたの!?」とビックリしていました。

今や、下着や靴下に貼るものや靴底に敷くものなど多彩な種類が出ています。
そして下着の色に合わせたピンクや黒などのカラーバリエーションも。
いやはや、カイロひとつでこんなに世代間ギャップがあるのかあ〜 (@_@)



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そういえば、この「使い捨てカイロ」って、朝鮮戦争の時にアメリカ軍が使っていた保温具をヒントに生まれたそうです。
軍事技術によって誕生した技術が生活に役立つことはよく聞きますが、まさか使い捨てカイロもそうだったとは、、、



身体を温めることは免疫力向上にもつながるといいます。
冬場に活発化するウイルスに対抗するためにも上手に活用したいものですね。







posted by るしあん at 22:53| Comment(0) | 日記