2018年03月30日

ななめからのぞいてみました


るしあん東の川原田不動尊の桜が満開となりました。
通称「武運長久の桜」。樹齢80年弱のソメイヨシノです。

支那事変の3年後、大東亜戦争前夜の、まさに日本が戦争に突き進んでいる時代に、戦勝祈願で植えられた桜です。


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昔(江戸以前)は桜といえば、ヤマザクラ、ヒガンザクラ、オオシマザクラの3種類でした。
自分で種から生えるので、「実生(みしょう)の桜」とも言われ、樹齢300年を超えるものも少なくありません。
その土地で大事に育てられて、そこに住む人々が時代を超えて愛でてきた桜です。
桜守の佐野さんがおっしゃるには、日本古来の桜は、同じ花、同じ顔はなく、その土地に合った生え方をしているそうです。
それゆえ、実に美しいのだそうです。



かたや、、、、
今、桜といえばソメイヨシノです。
江戸時代末期から明治にかけて、江戸の染井村で造園業者によって造られたといわれています。
エドヒガンとオオシマザクラの雑種で、実生ではなく、すべて接ぎ木。
しかも、簡単に接ぎ木が出来るので大量生産が可能なのです。
成長が早く、花もパッと咲くので、一気に人気が上がりました。


全国に広がるきっかけとなったのが、“日露戦争の戦勝記念”。
特に祈願を行った神社の参道などにたくさんのソメイヨシノが植えられました。
その後、昭和3(1928)年の天皇御大典記念などでも大量の記念植樹が行われました。
次に昭和15(1940)年の皇紀2600年記念。
川原田不動尊の「武運長久の桜」は、まさに、この時、植えられた桜なのです。
翌年、太平洋戦争に突入していきますが、開戦記念や戦闘勝利のたびに植えられ、『同期の桜』に歌われるように、桜がシンボル化されました。

そして、現在、軍国主義のイメージは払拭され、菊とともに平和な日本を象徴する国花となっています。



こうして、日本中に広がり、私たちを楽しませてくれるソメイヨシノですが、前出の佐野さんによると「人間が作ったソメイヨシノはみな同じ顔。桜守にしてみると面白い桜ではない」そうです。

ものが豊かになるにつれ、気候風土や文化も単純化して、人間は、適応力がなくなり、個性もなくなり、顔も同じになってしまった……

ヒトもサクラも画一化しているということでしょうか。

桜守の言葉は実に示唆に富んでいますね!





この「武運長久の桜」は、戦中戦後、戦後復興、高度経済成長と、私たちの日々をどのように見てきてくれているのだろう!?

今日はちょっと斜に構えて、お花見を楽しんでいます!!




posted by るしあん at 15:49| Comment(0) | 日記
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