2019年11月17日

ある川柳に思う



先生と呼ばれるほどの阿呆でなし (詠み人知らず)


古来より“先生”と呼ばれるのは、聖職者と言われる医師と教師だそうです。
病院の先生は病気を治してくれ、命を助けてくれる、、、
学校の先生は教え導いてくれ、人を育ててくれる、、、
「〇〇してくれる」のは崇高な志があってこそ、なのだそうです。
だから尊敬の念を込めて、人は先生と呼ぶようになりました。


さて、いつの頃からなんだろう、政治家を先生と呼ぶようになったのは!?
「うちの先生は、高速道路や新幹線を通してくれる。」
「うちの先生に頼めば、**大学に裏口から入れてくれる。」
「うちの先生なんて、春になれば桜を見せてくれる。」
どうも、こちらの先生がたは、「〇〇してくれる」原動力は己の“私欲”にあるようで、、、
権力をひけらかしたいのか、はたまた選挙対策なのか?
呼ぶ方も権力におもねいて、おだてて、すかして、おおよそ尊敬の念はないようです。



冒頭の川柳は、おだてられても木に登ることなかれという政治家への皮肉なのでしょうか。
あるいは庶民はちゃんと見透かしているんだよ、という嫌味なのかもしれません。



genron01.jpg



先日、非営利のシンクタンク「言論NPO」が、日本の政治に関する世論調査の結果を発表しました。
(調査は9月、18歳以上の男女計1,000人から回答を求めたもの)
調査は、日本の民主主義の改善策を探ることを目的として実施されました。

それによると、

Q.政治家を自分たちの代表だと思うか?
・「思わない」「どちらかといえば思わない」‥‥45.0%
・「思う」「どちらかといえば思う」‥‥41.5%

残念ながら、45%もの人が政治家は国民の代表と思っていないことが判明してしまいました。

そして、その理由を尋ねると、約4割の人が、
「政治家が有権者を意識するのは選挙の時だけだから」
と回答しています。


さらに、政治家に日本の課題解決を期待できるかとの問いには、
「期待できない」「あまり期待できない」が、計70.9%に上ってしまいました。



さてさて、

先生がた、この結果をどのようにお感じになりますか?




posted by るしあん at 19:45| Comment(0) | 日記
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