2021年07月22日

負のレガシー


もう四半世紀も前の話し。
私達が初めて海外公演を行ったのは、1995年晩秋のオーストリア・ザルツブルクでした。
祝祭劇場でのライブ、モーツァルト広場での野外演奏… あの興奮と緊張、そして高揚感は今でも鮮明に記憶に残っています。
シーズン・オフのヨーロッパ便で和太鼓などの機材を空輸できるのはルフトハンザしかなく、ドイツ・ミュンヘンへ飛び、そこから陸路でオーストリアを目指しました。
私達をサポートしてくれたコーディネーターが、「親善の任を担う貴方たちに見て欲しい場所がある」と、或る場所を案内してくれました。

そこは、1972年ミュンヘン・オリンピックに於いてパレスチナの「黒い九月」がテロを起こした選手村跡(マックス・プランク研究所集会所)でした。
事件当時、私は小学校高学年でしたが、このオリンピック・テロ事件や、国内では浅間山荘事件などの連合赤軍による事件は、連日テレビに映し出されていたのでなんとなく覚えていました。



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コーディネーターは「暴力が支配する暗い時代を乗り越えて、平和な今があることを知っておいて。演奏、頑張って!」と声をかけてくれました。

あの時は彼女の言葉を漠然と聞いていたように思います。
それからちょうど10年後、2005年にスピルバーグ製作『ミュンヘン』が公開されました。
「黒い九月」により殺害された11名のイスラエル選手団、その後の報復「神の怒り作戦」、往時の暴力の連鎖や当事者達の苦悩が描かれて、心に重く訴えてくる映画でした。
この映画を観てからあの選手村跡を見たなら全く違う景色に見えたのだろうと悔やまれます。



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オリンピックが平和の祭典であればこそ、逆に暴力の標的になってしまいます。
残念ながらミュンヘンはテロのオリンピックとして語られます。
また、スポーツの祭典であればこそ政治とは切り離されなければいけないのに、モスクワはボイコットのオリンピックとして語られます。




明日は、東京オリンピックの開会式。
願わくは、東京がパンデミックのオリンピックとして、後世に“負の祭典”として語られませんように!!




posted by るしあん at 22:37| Comment(0) | 日記
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