サンマが高い (T_T)
今年も、去年から続いてサンマが不漁に見舞われています。
水揚げ量は10年前のわずか10分の1だとか、、、
温暖化による海流の変化がサンマの回遊にも影響を与えているそうです。
カツオも同じで、戻りガツオの時期なのに獲れるのは小振りのサッパリ系ばかり。
飲み屋の大将いわく、この冬はブリがオススメだそうです。
脂の乗った美味しいのが豊漁だそうで、熱燗のアテにはブリ料理がもってこいなんだとか。
まさか、庶民の味方のサンマが高級魚になってしまうとは、、、トホホ、、、
落語『目黒の秋刀魚』は、一体どうなってしまうのだろう!?

そういえば、今でこそ高級魚のマグロですが、江戸時代はじめには鼻も引っ掛けられない下魚だったそうです。
江戸前期の文献には、マグロを
「下魚なり。賞翫(しょうがん)に用いず。」
との記載が残っています。
賞翫とは“味わう”という意味で、文献からは眼中になかったことがよくわかります。
しかし、縄文時代の遺跡からはマグロの骨も出てきて、縄文時代から人々の食卓に上がっていたことがわかっています。
万葉集には、マグロの古名「しび」の漁を詠んだ歌もあって、太古からの食材だったようです。
では、なぜ、そんな古くから愛された魚が食べられなくなってしまったのでしょう?
実は、下魚と蔑(さげす)まれるようになったのは戦国時代に入ってからのこと。
「しび」という名前が「死日」を連想させ、縁起が悪いと武士に嫌われたからなのだそうです。
しかし江戸幕府となって泰平の世が続き、武士の間でも語呂の悪さが気にならなくなってきたことに伴い、その美味しさからまた食卓に復帰することになるのです。
江戸中期の本には、
「昔は食べたことを内緒で話していたが、近頃は身分の高い家の料理に出るのだから面白いものだ。」
旨の記述が見られます。
江戸後期の文化年間の関東では連日1万匹が水揚げされたとあります。
なぜ、この頃、マグロの復権どころかブームが起きたのか!?
実はこの時期に、関東風の醤油が全国に普及したのです。
漬けマグロなどが広まったことや、醤油のおかげで江戸前寿司が大ヒットしたことがその要因です。
今日に至る「マグロ食文化」はこの文化年間に誕生したのです。

さてさて、今や日本の寿司文化は世界中に広がりました。
当然、マグロを始めサンマやカツオ、サーモンなどの需要が急激に高まってしまいました。
そこで、厳正な漁獲管理などが必要になったのです。
もはや、「賢明な資源管理」無くしては、寿司ネタを食い尽してしまいかねない状況です。
ヘソ曲がりの私なんぞ、「クジラ、クジラって騒いで日本の食文化にケチ付けてる欧米人が寿司なんか食ってんじゃねえよ」なんて、腹の底の底の方でほんのチョッピリ思っちゃってます、、、スミマセン、、、
ついでに言わせてもらえば「ひとんちの海域で違法に操業して育ちきっていないサンマを盗むんじゃあねえ。10億人がサンマ食ったら地球からサンマが消えちまうじゃねえか」なんて器の小さい考えも腹の底の底の方でほんのチョッピリ持っています、、、スミマセン、、、
まっ、冗談はさて置き、エゴとエゴのぶつかり合いはやめて、「賢明な資源管理」を世界中で取り組むべき時が来ているのです。
やがて、マグロやサンマを「賞翫」できなくなる時代がやってきて、子どもたちや孫たちがお寿司を楽しめなくなるんじゃあまりに申し訳ない。
食文化を守ること、それは今を生きる我々の責任なんです。
そして、その責任はとてつもなく重い―――