時々、クイズ番組で“昭和の常識”を若い世代に問うものがあります。
私達には当たり前でも若者には全く理解できずトンチンカンな回答に思わず笑ってしまいます。
先日は「光化学スモッグ注意報」が出題されていましたが、久しぶり聞く単語に懐かしさを覚えました。
私が子どもの頃は高度経済成長に伴う公害が社会問題になっていました。
ど田舎の群馬の学校では心配なかったのですが、東京では大気汚染のため屋外授業がたびたび出来ない状態になったのです。
目がチクチク傷んだり、咳込んだりと、、、 「光化学スモッグ注意報」が発表されると校内に逃げ込んだのです。
私の記憶だと、なぜか東京でも石神井にばかり発令されていたような、、、
あの頃の東京は、ちょうど今の北京のように薄煙におおわれていました。
なにせ、富士山が見える日は、それがニュースになったのですから。
公害の代表格といえば、やはり「水俣病」でしょう。
熊本県水俣市。ここは2つの川が交差して流れていた景色から付いた名だそうです。
私が起業家セミナーで机を並べていた友人が、隣接の鹿児島県出水市出身で、彼いわく水俣も出水も海はとても綺麗で、長島や獅子島が望める風光明媚なところなんだそう。
かつて日本を揺るがした公害の街とは思えないそうです。
とても美しい景色なんだとか。

作家の池澤夏樹さんは憤りを持って書いています。
「この美しい地名を病気の名に流用したことに市民は怒るべきである」。
そして、「原因企業の名を取る『チッソ病』がふさわしかった」とも。
この文章は、池澤さんが編集を担った文学全集に『苦海浄土』(石牟礼道子著)を選んだ時に書いたものです。
池澤さんの怒りはもっともで、実際、私は友人の話しを聞いたあとでも「水俣」と聞けば美しい景色を想像するよりまず公害を思い浮かべてしまいます。
私を含め多くの人がきっと水俣にはネガティブなイメージを抱くのではないでしょうか。

名著『苦海浄土』とともに水俣病の悲劇を世に広めたのがアメリカ人のユージン・スミス、アイリーン夫妻による写真集『MINAMATA』です。
2人は1971年9月から3年にわたって水俣で暮らし、交流した患者家族の姿をカメラに収め続けました。
映画『MINAMATA』(2020年)でジョニー・デップさんが演じたのがこのユージン・スミス氏でした。
また、デップさんはこの映画のプロデューサーでもあるのです。
映画は、水銀の毒性に冒された子ども達、激しい抗議活動、それを力で抑えつける企業側などが、時に実際の写真を挟み、時に脚色を交え、映画芸術の力で問題の所在を浮かび上がらせます。
デップさんの鬼気迫る演技は、あたかも故ユージン・スミス氏の遺志が乗り移ったかのようです。
鋭いまなざしに、有機水銀を含む工場廃水を海に流した取り返しのつかない選択への怒りや悲しみがにじみます。

映画『MINAMATA』をご覧になっていない方は、DVD化されていますし、またアマゾン・プライムなどでも視聴ができますので、是非、ご覧になってください。
負の歴史として、同じ過ちを犯さないためにも、心に留めておくべき作品だと思います。
病気の公式確認から67年。
美しい地名は、「ミナマタ」として世界に広まりました。
今も苦しむ患者の裁判は続いています。
そう、「ミナマタ」はまだ終わっていないのです。
この映画を現在進行形の「私たちの物語」と見なければ、悲劇は何度も繰り返されてしまいます。