原爆忌の首相あいさつ、、、ゲル首相はどんな話しをするのだろうとテレビの前で聞き耳を立てていました。
総理大臣の椅子に固執するのには何か強い思いでもあるのかと気になっていました。
広島では歌人 正田篠枝さんの短歌を二度も読み、昨日の長崎では「長崎の鐘」の一節を引用。
役人の草稿を読むだけかと思いきや、自らの言葉で語ったのには正直、驚きました。
毎年、両市長による平和宣言の熱いメッセージに比して首相あいさつは熱量が低いなあと感じていましたが、どうしてどうして、、、
ただ残念だったのは、非核三原則を堅持する考えを示したものの、核兵器禁止条約には触れませんでした。
昨日のブログに記したように、唯一の被爆国として核がもたらす悲劇を世界中の人々に知ってもらおうという決意は感じることはできませんでした。
被団協の田中熙巳代表はインタビューで、禁止条約に言及しなかったことに、
「今までの考えを改めておらず残念だ。我々の要求に反している」
と、話していらっしゃいました。
被ばく者の方々にとって、政府の対応は歯がゆいものなのでしょう、、、
戦後80年の今年、被ばく者は初めて全国で10万人を下回り、平均年齢は86.13歳となったそうです。
戦没者、そして戦後すでに泉下に旅立たれた方々の御霊に報いるためにも、被ばく者の方々の願いを叶えて欲しいと心から願っています。
ゲル首相があいさつで用いた
「ねがわくば、この浦上をして世界最後の原子野たらしめたまえ」
は、自らも被ばくしながら救護に尽力した医師 永井隆博士の随筆「長崎の鐘」の一節です。
私が「長崎の鐘」に感銘を受け浦上を訪ねたのはもう20年近くも前の話し。
NHK朝ドラ「エール」(2020年)で吉岡秀隆さん演じる永井さんが描かれた時には、鐘や原爆資料館のことが思い出されて胸がいっぱいになりました。
あの頃は、平和公園に天使(子ども)が支える鐘はひとつだけ、、、
そして、今年、その鐘の相棒である「双塔の鐘」のもうひとつが被爆80年に合せて復元されました。
80年という長い時を経て、ようやく2つの鐘が揃って平和への願いを込めて鳴らされたのです。
いつか、あらためて長崎の地を再訪したいと思います。
そして、孫たちの生きる時代が平和であるよう祈りを捧げたいと思います。