2025年10月13日

進む先はどこ?


私が小学生の頃の中国のイメージは、「皆同じ人民服を着て、通勤の自転車で道路が埋め尽くされている」というものでした。
戦後、先人たちの血の滲むような努力によって逸早く復興を遂げた日本でしたが、中国ではまだ発展途上にあったのです。
中国は、日本の高度経済成長に対して、軍事的、経済的に脅威を感じていたのです。
1971年、ニクソン大統領が訪中した際に、周恩来首相が直接、北京で感じている脅威を伝えたといいます。
今現在の中国の発展ぶりや米中関係を見れば、正に「隔世の感」がありますよね。



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この訪中に際しニクソンが唱えたのが「瓶(びん)の蓋(ふた)」論です。
懸念を示した周に対しニクソンは「日米安保条約が日本の軍国主義復活を防ぐ」と説いたのです。
「瓶の蓋」論とは別名「アラジンの魔法のランプ」論とも言うのですが、、、
日米安保条約により日本の軍備は必要無くなり、憲法9条により法的に担保されているので、アジアの脅威にはならないというのがその理屈です。
「日本という魔人ジーニーは、日米安保という蓋があるのでランプの外には出られない」ということなんです。

時は下り、中国も目覚ましい経済発展を遂げ、並行して軍事力も強大になってきました。
それは、アジア圏にとっても、アメリカにとっても脅威となったのです。
そして、アメリカは瓶の蓋を抜くことにしたのです。
もはや、日米安保は日本を抑えるものという屁理屈を捨て、ソ連・中国に睨(にら)みを効かせるものとなったのです。
この頃(83年)、中曽根元首相が訪米中にワシントン・ポストとの会食の席で、日本列島を戦艦に例えて「日本はアメリカの不沈空母である」と話したことで、国会が蜂の巣を突っついたような騒ぎになりました。
中曽根さんにとっては、冷戦下でソ連の進出への対応が迫られた中での発言でしたが、保守からは「日本はアメリカの属国ではない」、野党からは「専守防衛の逸脱だ、9条違反だ」と叩かれる結果に、、、
しかし、屈することなく日米安保の意義や問題点を説き続けました。
(後になって、「あれは通訳が意訳した」とトーンダウンさせています。)



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また、80年代といえば、日本がバブル期を迎えて好景気に沸いていた頃。
それと同時に、日米貿易摩擦が高まり、アメリカには不満がくすぶっていたのです。
そして、出てきたのが「安保ただ乗り」論。
日本はアメリカに守ってもらっているくせに、見返りがない、、、
こんな不満を抑えるために78年から始まった「思いやり予算」に、「特別協定」(87年)が締結され、負担額がどんどん大きくなっていったのです。

そして、迎えた安倍政権時代、、、
「集団的自衛権」の行使を容認する憲法解釈変更が行われました。
これにより安保の形は大きく変わりました。
また、安倍元首相は退任時に「防衛のための敵基地攻撃」は次の政権に託すとしたものだから、次の政権は安倍さんの呪縛から抜け出せなくなったのです。



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日米安保を取り巻く環境はざっと前述のようにその価値(存在意義)を変えてきました。
トランプ大統領が再登場してからは現状の通り、、、
日本にアメリカを守る義務はなく不公平だ!
日本はそれなりの“対価”を払え!
まるで80年代の「安保ただ乗り」論の再燃のようですが、トランプの方がよっぽど性質(たち)が悪い――


「こんな内向き志向のアメリカと決別しようか」なんてことになれば、米軍基地の無くなった国土を核保有3カ国(中国・ロシア・北朝鮮)から自分達で守らなくてはなりません。
そのためには「核武装やむなし」なんてことにもなりかねません。
私たちは、憲法第9条と在日米軍という内蓋を、瓶の内側から自分たちの手で絶対に外してはいけないのです。




まもなく新政権が始動します。
早苗センセーが首相になろうと、玉木センセーが首相になろうと、日本は戦争と核兵器は絶対に許してはいけない
浮足だっている政界ですが、今こそきちんと足を地に着け、日米安保の進むべき方向を論議してほしいと思います。











posted by るしあん at 21:47| Comment(0) | 日記
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