村山富市元首相がお亡くなりになりました。
101歳の大往生だったそうで、ワイドショーの追悼コーナーを懐かしく視聴しました。
自社さ連立政権が誕生した時は驚きましたが、何より55年体制がこんな形で終わり、日本社会党が自衛隊を合憲だという日が来るとは夢にも思いませんでした。
大きな政治のうねりだったのでしょうね、、、
毎日新聞のネット版に掲載されていた村山さんの写真は、電波少年でまっちゃんが突撃してトレードマークの眉毛を切らせてもらった時のもの。
電波少年ファンの私としては、懐かしいやら、うれしいやら、、、
怒ることなく「君も頑張ってるねえ」とねぎらい、笑って切ることを許した村山さんの大らかな人柄がよくわかるシーンでした。
元総理の写真なんてたくさんあるだろうに、この写真をチョイスした毎日デジタル版に拍手です。
ところで、なつかしいと言えば、共同通信が掲載した自社さ連立政権で村山さんが総理に指名された時の写真。
村山さんの後ろに山口鶴男さんの姿があったのです。
山口ツルさんは群馬3区の「上州戦争」で歴代総理と戦って唯一、野党としてずっと議席を守ってきました。
私の世代であれば覚えている人も多いでしょうが、若い人たちは「誰?」って感じでしょうね。
私の伯父は教員だったのですが、若い頃に群馬県教職員組合の委員長をやってたことがあるんです。
書記長を山口さんが務め仲が良かったそうです。
どんな関係だか知りませんが、小渕恵三元総理が政界に進出する前のこと、、、
小渕さんとも仲良く付き合っていたそうです。
小渕さんは地元中学を途中で学習院中等部に転校してしまったので、伯父とどんな接点があったのか、、、みんな鬼籍に入ってしまったので、今となっては知る術はないのです。
伯父より小渕さんの方が一回りも若いので多分、成人してからの付き合いだったのでしょう。
山口さんは労組から推薦を受けて、社会党から政界の道へ。
伯父は教壇に戻り、校長先生として教育一筋に生きました。
山口さんは私が生まれる少し前に衆議院選に出て初当選し、小渕さんはその次の衆議院選で初当選したと聞いたことがあります。
自民党として出馬することになって、社会党の山口さんとは懐を分かつことになって、3人で飲んだ時にしきりに謝っていたそうです。
以来、3区では敵どうしになってしまい、3人で会うこともなかったのだとか、、、
ぶっちフォンで有名になった小渕さんですが、若い頃から人懐っこく義理を通す人だったと伯父が話していました。
55年体制が崩れ、連立政権を組んだ時には、山口鶴男議員と小渕恵三議員はどんな話しをしたんだろう?
昔話しに花を咲かせたんだろうか、、、
今は昔の遠い遠いお話し――
確か、伯父も山口さんも村山富市さんと同い年だったと記憶しています。
伯父たちも生きていれば御年101歳だったのかあ……
感慨深く、村山さんの訃報に接しました、、、
ご冥福を衷心よりお祈り申し上げます
――合掌――