2025年11月23日

外から見る言葉のはなし


昔、まだ若かった頃、“若さ故の浅慮”か“ただの無謀”かわかりませんが、海外で働きたくなったことがありました。
そこで、日本語教師の資格を取るため週末に東京の日本語学校に通ったのです。
海外で日本語を教えるのは専門学校で100時間以上の研修を経て資格をもらうか、日本語検定で2級以上を取るかのどちらかを求められていました。
独学で検定試験は無理だと思って、研修の道を選んだのですが、これが結構きつかった、、、
週末になると朝一番の電車に乗って、帰宅は夜中。
土・日のカリキュラムの全コマを受講しないと到底、規定時間を満たすことはできないし、平日は仕事が終わったあと宿題に取り組まなければならないし、、、
今思えば、若いからあんなことができたんだよなあ、と思います。

ところが、、、
先方の学校(南米)からの募集条件が「日本語と日本の伝統文化を教えられる人」だったのですが、日本文化は日舞、茶道、華道となっていたのです。
和太鼓は前年の募集で次回は2年後になるとのこと。
と、いうことで、成瀬風に言うと「和太鼓で南米の天下をとりにいく」野望は見事に打ち砕かれたのでした。



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長い枕になってしまいましたが、今日の本題。
日本語研修の終盤になると、実際に日本語学校の教壇に立ち、教育実習生として外国人生徒に日本語を教えるのです。
当時はバブル前夜で南米からやってくる方が増えていた頃で、生徒の半分以上がブラジル、ペルー、チリ出身者でした。
私としては前述の“野望”があったので、生徒から情報収集も出来て一石二鳥(^O^)
おしゃべりもとても楽しかったのですが、クラスでは怖い講師が教室の後ろに控えていたので、授業はちゃんと行いました。

生徒たちが異口同音に日本語の難しいところを教えてくれたのですが、、、
「あいまいな表現」「敬語」「漢字」、この3つが、最大の障害だそうです。
その最たるものが「漢字」で、ある程度覚えておかないと発音が同じなのに意味がまるで違っちゃうので戸惑う人が多いようです。
日本語の“同音異義”の多さは、他言語に比べて突出していますからね。
私たちは文脈から咄嗟に漢字を思い浮かべることができるので、例えば「記者」「汽車」「帰社」の意味の違いを瞬時に理解できます。
ところが、来日して日が浅い人には、
「キシャがキシャを使ってキシャした」
と言われてもチンプンカンプンです。

「ナンカイキャンディーズの漫才はナンカイでナンカイ見てもわからない」
そういえば、こんな同音異義の漢字テストは小学校中学年頃からやらされましたよね。

次に、漢字をある程度覚えたあとに戸惑うのは「読み」の多さ。
例えば、「行」。
訓読みで「イク」は理解できても、これが音読みになると、
呉音で「ギョウ」、漢音で「コウ」、唐音で「アン」ですからね。
これは、本場中国からの留学生でもこんがらがっちゃいます。



敬語については昨日のブログに書いた通り。
日本人でも間違いが多い難解さです。



nihgakk01.jpg



こうしてみると、普段は意識しませんが、私たちは世界でトップクラスの難解な言語を使いこなしているんですよね。

言語体系は他の国や地域に似たものがない“唯一無二”の存在。

ムー民的に言えば、「日本人の祖先は宇宙人」かもよ〜〜(*^^)v









posted by るしあん at 22:11| Comment(0) | 日記
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