裁判員制度は「国民の様々な経験や感覚を裁判に反映させること」「裁判が身近で分かりやすくなり、国民の司法への信頼を高めること」を目的に導入され、より納得感のある裁判となることが期待されました。
その際に言われたのが、この制度により裁判官と一般市民の考え方の乖離が埋められるということでした。
導入から17年が経ち、一体何件の裁判員裁判が行われ量刑判断にどのような影響があったのかきちんと検証されているのでしょうか?
法の番人たる裁判官が法に照らした場合、とかく市民感情はその判決に首をかしげたくなることが多々あります。
一昨日は、県道を時速194qで爆走し死亡事故を起こした被告の控訴審で、一審判決を覆して、「危険運転」ではなく「過失」とする判決が言い渡されました。
量刑も一審懲役8年(求刑懲役12年)から懲役4年6カ月へ。
一審が裁判員裁判であり、裁判官だけによる控訴審の判断を見れば、裁判官という人種がいかに「浮世離れ」しており、市民感情との隔たりは埋め難いものなんだと思い知らされ暗澹たる気持ちになります。
判決後、遺族(被害者の姉)が会見していましたが、その声は怒りと悲しみに震え、「一番最悪な判決だったと思います」と搾り出すのが精一杯のご様子でした。
かつて、やはり納得のいかない判決に至った被害者家族が「司法は被害者ではなく加害者に寄り添う。法は罪を犯した者へ味方するのか」と声を荒げていたことがありました。
今回の裁判では弁護側の「県道を時速194qで走行する行為は、進行を制御することが困難な高速度には該当しない」という主張が認められました。
私なんぞ50年近くもハンドルを握っていますが、「そこの県道を194`で走ってみろ」と言われたって、とても無理、、、そんな危険極りないこと、とてもじゃないけどできません。
ところが、裁判官や弁護士によれば、19歳の免許取得してわずか1年の奴には制御ができるんだそう。
ホントかいね?
じゃ、裁判官センセー、弁護士センセー、あなたがたが実際に県道を194`で走行して制御してみせてくれよ。
おっと、失礼。
感情が高ぶって少々乱暴な表現になってしまいました。
「まったく、お前は!」と友人からまた注意されそうなので、ここまでにしておきます。
あなたはこの判決、どうお感じになりましたか?
どなたか法律に詳しい方がいらっしゃったら、薄学浅慮の小生にこの判決の妥当性をご教示くださいな!