2026年01月25日

情に流される父……


幼少の頃、近所の同級生たちは小学校の入学祝いに自転車を買ってもらっていたのですが、うちは買ってもらえず、、、
乾繭場(かんけんじょう)の庭が遊び場だったのですが、そこで友達が自転車を貸してくれ、みんなで補助輪無しの自転車に乗る練習をしたのです。
乾繭場とは農協がこの地域に建てた繭を集めるための倉庫で、養蚕百姓のじいさん・ばあさんたちは収入所(しゅうにゅうじょ)と、ド直球の名称で呼んでいました(^O^)
私がマイ自転車を買ってもらったのは5年生頃だったかなあ、、、

時は流れ、自分も父親になり娘の入学祝いに自転車を買ってあげようとしたら爺さん(私の父親)が大反対。
理由を訪ねると、昔、爺さんの従兄がその息子に入学祝いに自転車をプレゼントしたのですが、その自転車で道路に出てしまい自動車にはねられ即死したのだそう。
真新しいランドセルは数回背負っただけ。
突然の悲劇に、それ以来、父方の祖母の系統の親戚縁者は決して入学祝いに自転車を与えることはしなくなったそうです。

「そっかあ、あの時、俺だけ自転車を買ってもらえなかったのは“貧乏”が原因じゃなかったのかあ…」
20年以上経ってから真実を知ったのでした。
娘は早生まれで身体が小っちゃかったので、しばらく幼児用チャリで我慢させ3年生になって買ってあげたのです。
とは言え、金を出したのは爺さんで、子・孫に寂しい思いをさせたお詫びだったようです。



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爺さんからそんな事実を聞いたちょうどその頃、私の勤務先ではCSR(企業の社会的責任)に取り組もうとしていた矢先でした。
交通事故により残された遺族の悲しみを知り、交通遺児の就学支援の“あしながさん”に協力することを稟議に上げたのです。
それから数年は企業として寄付を続けていましたが、いつからか職員が個々に募金する形に変わり、今も多分続いていると思います。



はたして、「自動車は命を奪う凶器になるかもしれない」と自覚して運転しているドライバーはどれくらいいるんだろう。
ほとんどの人が、免許の更新時に見るビデオで「走る凶器」を自覚しても家に着く頃には忘れちゃっているのではないでしょうか。
かく言う私もそのひとり。
通学路などでは気を引き締めて運転しますが、大きな道ではついつい法定速度を超してしまうことも、、、
しかしまあ、愛車は軽トラなんでスピードは元々そんなに出ないんですけどね。



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交通事故死による遺族は遠い親戚に至るまで長い時間悲しみを背負います。
うちの爺さんも「子どもが事故に遭わないだろうか」「孫が事故に遭わないだろうか」といつも心配していたんだろうと思います。
年老いてからも、曾孫のサラ・ミラの心配をしていました。

ただ、そんな父ですが、認知症が進んでしまってからは私たちがどんなに「危ないから車を乗り出してはダメ」と言っても聞く耳を持たず、、、
「自転車の子どもを轢くかもしれないんだよ」と説得しても納得せず、すでに従兄の家の出来事は記憶から消えているようでした。
そして、買い物の足を奪うようで可哀想だったのですが、世間様に迷惑をかける前に廃車処分したのです。

爺さんが家族を交通事故から守ろうとしたように、今度は私が爺さんを交通事故から守ろうとしたんです。




それだけに、県道を時速194`で爆走する「危険運転」を許すことはできないし、「制御不能な高速度ではない」とする司法が許せないのです。

ここ群馬では、、、
飲酒運転によって3代に亘る家族の命を奪い、事故後の3回の血中アルコール検査で3回とも“陽性”となっているのに、裁判でシレ〜と「酔っていなかった」と言う被告も言わせる弁護士も、ホント腸(はらわた)が煮え繰り返るほどの怒りを覚えます。
飲酒事故により遺族の心をズタズタにし、更に裁判においてまた心を引き裂く、、、
こんなこと、許していいのだろうか――



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みなさん! お互い、家族のため交通事故当事者(被害者でも、加害者でも)にならないように安全運転を心がけましょう!!










posted by るしあん at 23:31| Comment(0) | 日記
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