2026年02月02日

曖昧になっていく記憶


今日の病院の待合室でのこと。
「あれ!? Mっちゃん(私の名)?」と声をかけられて、振り向くと知らない爺さんが、、、
「おっ、Tちゃんじゃん!」よく見ると幼少の頃よく遊んだ1つ下の“竹馬の友”だったのです。
私は社会人になって別の場所に家を建てて引っ越してしまい、彼の方は嫁さんちの家業に入ったのでしば〜らく顔を合わせることがなかったのです。
お互い老けたなあなどと世間話や腰痛や膝痛の話しで盛り上がったのです。

「俺、たまにMっちゃんのカフェのブログを読んでるんだけどさ、この間の“しゅうにゅうじょ”の話しは懐かしいやら可笑しいやらで声を出して笑っちゃったよ。」
「えっ!? 何で?」
「人間、55年以上も前の記憶となると、曖昧になるのか思い違いを起こすのか、、、 Mっちゃんの勘違いは秀逸だぜ。」



彼によると――

先週のブログで、小学生に上がった頃に友達と一緒に収入所と呼ばれた乾繭所の庭で自転車に乗る練習をした話しを書いたのですが、、、
そもそもあの倉庫は養蚕農家でなく牛飼いをする農家が建てたものだそう。
うちの集落は5頭以下の酪農とは呼べないような百姓が多かったのです。
牛乳を飲み、フンは田畑の肥やしにして、、、昔の百姓はSDGsなんて言葉も無い時代に既に持続可能な自給自足生活をしていたのです。
うちはヤギとニワトリを飼っていましたが、本家には確か数頭の牛がいたと思います。
家事消費をしきれず余った牛乳を出荷したくても、量がまとまらないと民間の製乳屋さんは来てくれないし農協では二束三文。
そこで、1カ所に牛乳を集めて業者さんに来てもらったのです。
そこが、「しゅうにゅうじょ」と呼ばれ、漢字で書けば「集乳所」なんだそう。
金が入るから「収入所」だと思い込んでいた私の勘違い(+o+)
言われてみれば、建物の中には繭じゃなく、ローソンのマークのようなでかい管が並んでいた風景を思い出しました。



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待合室だったので大声を出して笑うわけにもいかず、お互い声を殺して「クックッ、、」と笑い合ったのでした。
それにしても、ひとの記憶なんていい加減なもので、、、
どこでどう間違って、こんな思い違いになったんだろう!?

そうそう、自転車の件も、あの頃はどこの家もそこそこ貧乏でマイチャリを持っていたのはTちゃんだけで、Yちゃんがお姉ちゃんのを借りて来て、2台を使ってみんなで乗る練習したのだそう。
とは言っても、これはあくまでもTちゃんの記憶の話し、、、



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もしかしたら、事実はもっと違ったものなのかもしれませんね。
「タイムマシンに乗って、あの頃に確かめに行きたいもんだ」ということに落ち着いたのです。



このブログを読んでいる御同輩諸兄、切ないあの頃の思い出は心の中で美化されていませんか?
元カレ・元カノのこと、知らず知らずのうちに美しく飾っていたりして、、、

「シングル・アゲイン」や「駅」が妙に心に沁みる近頃の私――




記憶とは時間の経過と共に曖昧になっていくのでしょう、、、
でも、それって決して悪いことじゃなくて、悲しみや辛さから解放されるといういい側面もあるんでしょうね。



とはいえ、自分が自分でいるための記憶は無くしたくないなあ……




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posted by るしあん at 22:50| Comment(0) | 日記
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