サラの受験が終わりホッとした話題はここ何回か書きました。
今時の子だからゲン担ぎなんてしないのかと思っていたら、試験当日は学業成就のお守りをかばんに入れ、先輩から譲ってもらった合格ハーフパンツを履いて臨んでいました。
体操着の半ズボン(ハーフパンツという名でいいんでしたっけ!?)は、歴代の先輩が前橋女子など優秀な高校に合格した“由緒有る”御利益パンツ。
さすがにサラは前女は受けませんでしたが、希望の高校に合格できたのでその御利益は本物のようです。
後輩の誰に譲るか考えていましたが、一年飛んじゃうけどミラに託そうかななんて話してます。
最初の持ち主(元祖)はこの春、名門津田塾大学に進むことに。
五千円札の肖像が津田梅子女史になって更に格(!?)が上がったから受験勉強は大変だったでしょうね。
教育家津田梅子が津田塾大学の前身である女子英学塾を設立したのは1900年のこと。
その建学精神は「男性と協同して対等に力を発揮できる女性を育成する」ことにありました。
今の世でも色褪せることのないこの学是は、津田がいかに先見の明を持って女性像を描いていたかを証明するものです。
先んじること1875年には東京女子師範学校(現お茶の水女子大)が開校しています。
女子英学塾の翌年1901年には日本女子大学校(現日本女子大)が設立されました。
正に、日本の近代化と共に、女子教育も開花したのです。
あれから120年を超える時が経ち、今、女子大を取り巻く環境は少しずつ変化してきています。
“共学”“総合大学”を望む生徒が増え、少子化などの影響もあり、女子大人気に翳(かげ)りが出ているのだとか。
京都ノートルダム女子大は今年から生徒の募集を行わず、65年に亘り愛されたダム女に幕が降ろされることになりました。
武庫川女子大は来年から共学化し武庫川大学に改称されるようです。
この流れは大学だけでなく、高校でも同じ傾向が見られるようですね。
群馬県内でも今年、沼田高校と沼田女子高が統合、共学化されました。
受験生にも共学校が人気なようで、競争率が一番高い公立高校はここ数年続けて高崎経済大学付属高となっています。
サラも女子校は最初から志望校から除外していました。
北毛の雄と言われた我が母校も今年度の入試は定員割れしています。
市内の女子校との共学化も近い将来、議論されることになるのかもしれませんね。
元々、共学が少ない本県ですから、もしかしたら共学化の波は一気に進むのかもしれません。
「質実剛健」を校是にしてきた男子校は少なくありませんが、いずれ“死語”になってしまう時代がやって来るのだろうか……
さて、話しを津田塾大学に戻します。
創始者である津田梅子のお墓は東京都小平市にある同大のキャンパス内にあります。
創立に心血を注いだ津田は、学内に埋葬してほしいと強く望んでいたと言われます。
1998年に98あった女子大はこの年をピークに減少が続き、今年は68大学となりました。
少子化、総合大学志向が益々進んでいく中、女子大はまさに岐路に立っているのです。
「存在感」をどう示していくのか、泉下の梅子女史に是非とも洞察をお伺いしたいものです。
ここからは、元銀行員の私の偏見と私見なのですが……
私は、かねてより、お札の肖像画は文化人か教育者がふさわしいと思っているんです。
その意味で津田梅子は万札で然るべきと思うのですが、、、
今の万札は経済人としては誰よりも優れているとは思いますが、かなりの女好きで複数の愛人がいたことは周知の事実。
後輩に聞くと、実際に「御祝儀にふさわしくないので福沢諭吉のピン札でもらいたい」とATMではなく窓口に預金をおろしに来る人がいるそうです。
私はフェミニストでも何でもありませんが、最高額面紙幣が女性でもいいのではないかと思います。
英雄が色を好むことを許されたのは一昔前のこと!!