2025年12月12日

あの券のはなし


「女王様、百姓どもにはパンがございません。」
「そうか、ではケーキを食べるとよい。」
これはかの王妃マリー・アントワネットの言葉だそうです。
が、、、実は、王妃がこのようなことを言った記録はなく、ルソーが著書で述べたことが誤って後世に伝えられたようです。
今でも、王族や政治家が一般庶民と考え方や価値観が乖離している時に「パン⇔ケーキ」が引き合いに出されるんだから、マリー・アントワネットも草場の陰で嘆いていることでしょうね。



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「大臣様、庶民どもには高くてコメが買えません。」
「そうか、ではおコメ券を配るとよい。」
こんな場当たり的な発想なのか、コメの小売価格が下がるような施策を考えもせず国民のご機嫌取りをして一体何をやってんだか。
記憶に新しいのはコロナ下での宿泊補助。
補助金が出るのをいいことにチャッカリ宿泊料金を値上げしていた宿泊施設も少なくありませんでした。
私なんぞおコメ券が配られるのをいいことにチャッカリ販売価格を上げちゃう小売が出てくるんじゃないかと穿(うが)った見方をしてしまいます。
まっ、さすがに露骨な値上げは無くたって、おコメ券のおかげで高止まりは続くのは明らかです。
発行元のJAや全米販は「利益誘導」の批判に晒されたので、さすがに発行券にもうけを乗っけるのはあきらめたようですが、、、

すでに、配布しないことを表明している自治体も出ており、政府と地方の“乖離”が顕在化してきています。



私のような自給自足のコメ小作農にはおコメ券は必要ないんだし、JAで肥料に交換してもらえれば嬉しいんだけどなあ。

いや、今の時期ならマリー・アントワネットじゃないけど「ケーキ券」をもらった方がありがたいナ……




まっ、この暮れに来て“あーじゃねえ”“こーじゃねえ”と話しがまとまらないんだから、配られるとしても2〜3月ってとこか!?
お年玉にもなりゃしない。

政治家にスピードを求めること自体、無理筋なお願いなんでしょうね。



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スズキ農水相がマリー・アントワネットに見えてしまう今日この頃――











posted by るしあん at 22:02| Comment(0) | 日記

2025年12月08日

カシミヤのはなし


師走を迎えたとたん急に寒さが厳しくなりましたね。
こんな寒さにはカシミヤのセーターが恋しくなります。
とはいっても高級品には手を出せないので、私はもっぱら“Uなんとか”のお手頃価格の物を着ているのですが、、、



「カシミール(Kashmir)」と聞くと我々世代のロック好きは「インド・パキスタンの国境地帯」よりも「レッド・ツェッペリン」を思い浮かべてしまうのではないでしょうか。
あのジミー・ペイジの唯一無二のリフは一度聴くと頭から離れません。
正に、クセになる楽曲です。
それ故、当時は、「黒魔術に傾倒して作ったメロディーだ」なんてウワサが実(まこと)しやかに語られたものです。
この曲、題名こそカシミールですが作詞したロバート・プラントはサハラ砂漠を車で移動中にこの曲を書いたそうで、描かれた世界観は実際のカシミールとはかけ離れたものになっています。
「太陽と星空の下、そして宇宙を放浪する、ぼくは旅人。
夢をいっぱいに満たしてくれ。」
広い大地に立ち悠久の平和を歌う詩は、ミサイルや銃弾が飛び交う場所とは別世界。
カシミールに暮らす人々に、砲弾に怯えることなく星々を見上げられる平和な日が訪れることを願ってやみません。



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さて、このカシミール、中国語だとどうなるでしょう。
―― 迦湿弥羅国 ――
こう書くのですが、カシミールをそのまま“音訳”して漢字を当てています。
ヤンキーのジャンパーの刺繍みたいでチョットかっこいいですよね。
西遊記の三蔵法師のモデルといわれている玄奘(げんじょう)法師が7世紀にガンダーラ王国やヒマラヤ山脈を布教のため旅をしたのですが、その途上でカシミールを訪れています。
その印象は「四方は山。寒さ厳しく、毛織物を着て白木綿を身に着ける」と書いています。
朝ドラ風に言えば「サムイ〜! ジゴク!」ってとこでしょうか、、、
いずれにしても、ロックの歌詞には程遠い風景だったようです。
玄奘がカシミール国を訪れた時は庶民の間にヒンズー教が広まり始めた頃で、仏教を信仰している王様には歓迎されました。
この時の様子を「大唐西域記」に「カシミールは正邪ともに信仰している」と記しています。



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この辺境の地にイスラム教が入ってくるのは14世紀になってから。
時は流れ19世紀半ばにはイギリス帝国の植民地になるのです。
この時、カシミール藩を治めた藩王はヒンズー教徒で、住民の多くはイスラム教徒。
この事がのちのち問題を引き起こすことになるのです。
1947年、イギリスの植民地支配が終わります。
これにより、インド、パキスタン、カシミールは独立を果たします。
ところが、ヒンズー教を信じるカシミールのジャンムー藩王はインド帰属を選んだのです。
しかし、国民の多くはムスリム。パキスタンへの帰属を望みました。
国は二分され、それ以来、今日に至るまでインド、パキスタンがそれぞれ領有を主張する「紛争地帯」となってしまったのです。



厄介なのはインドもパキスタンも“核保有国”であること。
今年4月のインド人観光客ら多数が死亡したテロ事件は記憶に新しいですが、この時は両国間で報復合戦になりました。
核保有国同士の衝突に世界中が肝を冷やしました。

この時はノーベル平和賞が欲しくて仕方ないトランプ大統領が乗り出してきて停戦合意に結びつけました。
動機は何であれ戦闘を止めたことはお手柄でした。
この調子で、ガザやウクライナでも力を発揮して欲しいものですが、、、
まあ、どの紛争地域にも複雑な歴史的背景がありますからねえ。



まっ、とはいえ、一昨日、FIFAの訳わからん会長から訳わからん平和賞をもらって喜んでいたんで、ノーベル賞じゃないけど、それで“ヨシ”としてくださいナ!!



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さあて、今晩は久しぶりにレッド・ツェッペリンをBGMにベッドに入ろうかなあ、、、

けど、、、 ハードロックじゃ子守唄にはならないか!?







posted by るしあん at 21:18| Comment(0) | 日記

2025年12月07日

ボウリングにまつわるエトセトラ


先日、クイズ番組を見ていたら「米国ホワイトハウス内にあるスポーツ施設は何?」という問題が出ていました。
昔、出張中の休暇でホワイトハウス見学ツアーなるものに参加して、大統領執務室など館内を見て回ったことがあったのですが、記憶を手繰り寄せても全く思い浮かぶものはありませんでした。
答えはなんと「ボウリング場」だそうで、、、
そんなのあったっけ!?

1969年に就任したニクソン大統領が夫婦してボウリングが大好きだったので作らせたそうですよ。
これは特別なことではなく、新大統領の就任時に要望を聞いて作るのが慣習なんだそう。
ちなみに、ゴルフ大好きトランプ大統領は一部屋程の大きさのゴルフ・シュミレーターを設置しました。

このボウリング場は歴代の大統領が家族で楽しんでいるそうで、日夜ストレスに晒されている大統領にとっていい息抜きみたいですね。


日本の首相官邸にも何かストレス解消できる施設を作ればいいのに、、、
ゲル前首相はしょっちゅう二日酔いで真っ赤な顔で国会に出ていましたもんねえ。
ストレスから宅呑み・ひとり呑みで一升酒を空けることもあったのだとか。
健康的にストレス・コントロールできることが、国のトップに立つ人の条件だと思います。



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トランプ大統領もゴルフだけじゃなく、家族と一緒に頻繁にボウリングを楽しんでいて、いいおじいちゃんぶりを発揮しているそうで、、、意外〜


ところで、トランプ大統領が信じ込んでいる或る「都市伝説」があることをご存知でしょうか?
それは、、、
「日本の自動車業界は、ボウリングの球をボンネットに落とし、車体がへこんだら不合格にする。」
というもの。
周囲の人たち(米国人・日本人)が「そんなことはない」とどんなに説得しても大統領はまったく聞く耳を持たないそうで、、、
関税交渉の場でアカザワ前経再大臣から直接、車体検査基準の話しをされても「本当はボウリングの球を落しているんだろ。それがアメリカ車が日本で売れない理由に違いない」と持論を曲げることはなかったようです。
いや〜、ホント、厄介な頑固じいさんだ……



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ところで、このやりとりがあった3回目の日米交渉は6月22日のこと。
な、なんと、この日は、偶然にも、日本の「ボウリングの日」。
これこそ、よっぽど、都市伝説ですよね〜〜
信じるも信じないも貴方次第です (^O^)




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【おまけ】
1861年(文久元年)、長崎に造られたサロンの中に初めてボウリングのレーンが作られました。
オープンを記念して広告を出した日が6月22日と記録が残っていたので、この日を「ボウリングの日」と制定しました。
明治維新後の文明開化で日本にやってきたのかと思いきや、江戸時代の終わりにはすでにボウリングを楽しむ日本人がいたのです――



膝と腰が快くなったら、またいつかボウリングしたいなあ……
そんな日はやって来るのかなあ……








posted by るしあん at 22:57| Comment(0) | 日記